今もそこにある記憶

( On going )

叔母の撮影を始めたのは2013年の夏だった。

この頃、叔母はずっと住んでいた家を離れて近くの施設で暮らしていた。叔父が亡くなったのはその少し前だ。

認知症を患っている叔母は叔父の死を知らず、初めの頃は家の中を探していたが今はもう叔父の存在すら覚えているか分からない。

当然、僕のことは知らない人になってしまっているようで叔母の世界から甥という存在は消えてしまった。だけれど僕という存在は今もここにいる。

 

ある時、叔母の家を撮影していた際に押入れの中から大量の叔父が撮った写真を見つけた。

その中には確かに叔父と叔母の時間があり、その友人や家族、もう既にいない人達の人生があった。

誰ももう覚えていない出来事はなかった事と同じだろうか?僕はそうは思わない。

例えもう誰も覚えていなかったとしても、かつてあった出来事が現在を作り、僕という存在にも繋がっているのだ。

 

それが何であるか誰にも分からなくなったとしても、忘れられた出来事が無かった事になる事はない。

 

 

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