Suppressed Voice

「ここに持って来たのはこれだけ」

そう言って彼は一冊の使い古した英語の教科書を取り出した。仕事終わりとか、時間ができた時に時々読み返しているんだ。そう言う彼の顔はどこか悲しげだった。

 

2011年前、初めて彼と会った時から彼は勉強熱心な少年だった。

貧しい家庭で育った彼はその頃から学校で暮らしていて、家族の生活を支えるために小さな子どもも家業の手伝いをするこの村で彼は家族と離れて暮らし、その分勉強に取り組んでいた。将来、稼ぎのいい仕事に就いて家族を支えるために。

去年、カレッジに進学するための試験で優秀な成績をおさめ今年から専門教育を受ける予定だった。

 

彼が学校からいなくなった事を聞いたのは去年の10月。

彼の兄がある日、彼を学校から連れ去ったらしい。理由はわからない。

そして今、彼は僕の目の前にいて英語の教科書をパラパラとめくっている。彼が生まれた北インドの村からここは1500km離れている場所だ。

「ここは南インドでしょ?公用語が違うから周りが何を言っているのか分からないし、文字も全く読めないんだ」

「学校へはもう行けないかな。」彼の声は小さい。

「じゃぁ、、そろそろ戻ろうか。」彼に促されて僕達は下宿先を後にした。

 

僕と彼は見知らぬ街を商店が立ち並ぶ通りに向かって一緒に歩いた。

彼はここで服屋の店員として働いている。

給料はそんなに多くはないが、家族を支えるために働かなくてはならないし、兄の命令には逆らえない。

「しょうがないんだよ。兄に逆らえないのはインドの伝統的なルールだよ。」笑いながらそう言う彼の顔はあの頃の笑顔とは違った。

僕は、分かるよとだけ言うと後は黙って歩いた。

 

 

この街に来るまでに立ち寄った様々な場所で、若い男女が働いている店がいくつもあった事を思い出した。

特に意識せずその様子を見ていたが、彼らにはどんな背景があるのだろう。

デリーで就職活動をしている青年は学生の就職難について語ってくれた。「服屋で働くのは悪い仕事じゃないよ。給料も悪くはないんじゃないかな。僕はここで3年働いたけど、貯金できたのはたったの2,000Rsだよ。」

「それでも田舎に帰って働くことはもっと状況を悪くしてしまうから、家族とは離れてここで働くしかないんだけど。」

 

慣れた様子で服を畳んではビニール袋に入れていく少年の姿を見ながら、彼をここへ連れ出した兄の事を考えていた。

少年は彼のことを尊敬できない、と言った。しかし彼の真意はなんだったんだろう。

彼なりに少年の将来を考えていたのかもしれない。僕がこれまで信じていた”常識”では、ありえないと感じる行動でも、ここはインドであり、彼らには彼らの境遇に基づく常識があり、考え方がある。

 

店のオーナーが気を利かせて僕と彼にジュースを奢ってくれた。キンキンに冷えたスプライトを飲み干し、じゃぁまたね、と彼に伝え店を出た。彼は笑って店先で僕を見送ると、すぐに仕事に戻って行った。

うだるような暑さの中、一人帰り道を歩いていると、近くの学校から懐かしい声が聞こえた気がした。

2011年に初めて会ってからずっと応援し続けてきたハレンダーの進学の夢は数多くの人、そして彼自身によるしょうがないの一言によって断たれてしまった。彼にとって、そして僕にとっても彼のこれまでの日々はそのたった一言で終わらせてしまうにはあまりにも言葉が足りず、僕はこの物語を作ることにした。

自分自身に”しょうがない”と言い聞かせてきた数多くの人たちとハレンダーのこれからの日々が、あの頃の自分をいつまでも後悔し続ける日々とならないことを願う。

 

Harendra’s dream of going to college who has continued to cheer since 2011 when I first met him was cut off by a word “It can’t be helped” by a lot of people and himself.

For him and for me it was too lacking to make his past days end in that few words, and I decided to make this story.

I hope that the days of the future of the many people who have said to themselves "can not be helped" and Harendra will not be a day to regret himself forever.

 

Harendra’s dream of going to college who has continued to cheer since 2011 when I first met him was cut off by a word “It can’t be helped” by a lot of people and himself.

For him and for me it was too lacking to make his past days end in that few words, and I decided to make this story.

I hope that the days of the future of the many people who have said to themselves "can not be helped" and Harendra will not be a day to regret himself forever.

 

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